
現地の専門家アドリアナ&マテイが執筆
アドリアナとマテイ・ハロウスコヴィは、人気ブログ Czech the World を運営するトラベルブロガーです。
マテイはプラハ生まれでずっとこの街に住んでおり、アドリアナは10年以上前にここに引っ越してきました。
60か国以上を旅してきましたが、いちばんよく知っている場所を挙げるなら、この街です。
チェコの首都プラハは、歴史と文化が幾重にも積み重なった街です。古いものと新しいものが自然に混ざり合っていて、建築の名作、興味深い歴史、そして活気ある文化シーンを目当てに、世界中から旅行者がやってきます。この記事では、そんなプラハについて、たぶんまだ知らない37の面白い事実を紹介します。
プラハのいちばん興味深い事実
1. プラハでいちばん狭い通りは、幅およそ50センチ
ウ・ルジツケーホ・セミナージェ通りからチェルトフカ・レストランの庭へ抜ける名前のない路地は、信号機を設置しなければならないほど狭い道です。マラー・ストラナに残る、最後の「火除け路地」でもあります。
いちばん狭いところで幅はわずか50センチ。地元の人にも旅行者にも愛される、ちょっと変わった名所です。
中世には、この細い路地はヴルタヴァ川の支流へ通じる連絡路として使われていました。当時の首都にはこうした通路がいくつもあり、「小さいほどよい」という時代の建築思想をそのまま映しています。


2. プラハでいちばん小さな家は、幅わずか2.25メートル
アネジュスカー通りには、市内でいちばん小さな家があります。幅はたった2メートル25センチ。1853年に建てられ、設計したのは建築家ヨセフ・リーベルです。かつては娼館だった時期もありました。今残っているのは当時の住居の正面部分だけで、そこは奥の住まいへ入る入り口になっています。
この家がはまり込んでいる路地は、もともとジャースノフカにあるウ・クジカヴー館の中庭へ通じる裏口でした。何世紀かのあいだに、その通路がそのまま住まいへと姿を変えたのです。

3. プラハ城は、世界最大の城郭複合体
ギネス世界記録によれば、プラハ城は世界最大の城郭複合体です。敷地面積はおよそ7万平方メートル。国内最大の教会である聖ヴィート大聖堂のほか、いくつもの宮殿や宗教建築、付属の建物が含まれます。これだけの建物群が11世紀にわたって少しずつ積み重ねられてきたので、様式もさまざま。10世紀のロマネスクから、王宮庭園にある建築家エヴァ・イジチナーの最新のオランジェリーまで、時代がそのまま並んでいます。

4. チェコは、一人あたりのビール消費量が世界一
プラハは世界のビールの都と呼んでもいい街です。チェコ人は毎年のように、世界一のビール党の座を守っています。昨年の消費量は、赤ん坊まで含めた一人あたり138リットル。0.5リットルのジョッキで276杯、ほぼ毎日1杯という計算です。理由でしょうか。ビールが文化の一部になっていること、そして値段の安さだと思います。

5. レストランやパブでは、ビールより安いノンアルコール飲料を必ず1種類置くよう法律で決められている
これもチェコのビール文化を物語る話です。子どものころ、ジュースはビールよりずっと高いのが当たり前でした。この法律ができた今でも、メニューでいちばん安いノンアルコール飲料はたしかにビールより安いのですが、量は250ミリリットルしかないことが多く、ビールのほうは0.5リットルで出てきます。
こちらにはこんな冗談があります——小さいサイズのビールを頼むのは、店員さんへの嫌がらせだ、と。それから、チェコでいちばん大きな嘘をご存じですか。「ちょっと1杯だけ飲もう」です(1杯で終わったためしがありません)。

6. プラハには、ビールのスパがある
チェコ人のビール好きは筋金入りですが、ビールのスパまであるのはご存じでしたか。ビール飲み放題がついてくることも多いのですが、それだけではありません。ビールスパの施術では、ミネラルウォーターにホップ、麦芽、酵母——つまりビールの原料——を混ぜた温かい湯船につかります。この温浴で毛穴が開き、血行がよくなって、筋肉がほぐれるといわれています。

7. 世界最古の可動天文時計にまつわる、恐ろしい伝説
旧市街の天文時計は世界で3番目に古い天文時計で、15世紀初めの傑作です。いちばん有名な伝説は、製作者ハヌシュ親方の話。プラハの市参事会員たちは、ほかの街にも同じ装置を作られては困ると考え、彼の家に押し入って焼けた鉄で目をつぶしました。それでも彼は時計を止めることに成功したといいます。再び動きだすまでには、100年以上かかりました。
オルロイが本当に特別なのは、月の満ち欠けや十二宮といった天文の情報を映し出すこと、そして何より「使徒の行進」と呼ばれる仕掛けです。毎正時、文字盤の上の小窓から12使徒の像が次々に現れます。それぞれが徳を象徴していたり、聖書の登場人物を表していたり。澄んだ鐘の音とともに進むこの数分間に、見物人はすっかり引き込まれ、いつのまにか昔へ連れ戻されます。

8. プラハにも小さな「エッフェル塔」がある——ペトシーン展望塔
ペトシーン展望塔は、プラハの街を語るうえで欠かせない目印です。1891年のジュビリー博覧会に合わせ、エッフェル塔をゆるやかに模して建てられました(パリの本家に対しておよそ5分の1)。高さは58.7メートル、頂上までは299段。丘の上に立っているので、その頂上は本家エッフェル塔のてっぺんと同じ標高になります。上からはプラハの街が気持ちよく見渡せます。

9. 「窓外放出(デフェネストレーション)」という言葉は、プラハで生まれた
デフェネストレーションとは、人や物を窓から投げ落とすこと。ラテン語で「窓」を意味する fenestra に由来する言葉で、1618年のプラハ窓外放出事件のころに生まれました。この事件は、三十年戦争が始まるきっかけのひとつになっています。
このとき、カトリック側の役人2人がプロテスタントの貴族たちによってプラハ城の窓から投げ落とされました(2人とも約20メートルの落下を生き延びています)。当時これは「よきボヘミア流」と呼ばれました。1419年に新市街の市庁舎で起きた窓外放出になぞらえた言い方です。

10. プラハには「ダンシング・ハウス(Tančící dům)」がある
ダンシング・ハウスは、「ジンジャーとフレッド」の愛称でも知られる現代建築の傑作です。設計はヴラド・ミルニッチとフランク・ゲーリー。ふたりの踊り手が寄り添っているような姿をしています。
完成は1996年。デザインの発想のもとになったのは、名コンビとして知られるダンサー、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースです。歴史的な建物が並ぶ街並みのなかで、この建物はひときわ目を引きます。中にはギャラリーやオフィス、レストランが入っていて、屋上テラスからは街のパノラマが楽しめます。場所はイラースコヴォ広場1981/6。

プラハの面白い豆知識
11. 人口あたりのパブの数が、世界一多い
プラハは、人口あたりのパブの数で堂々の世界一です。その顔ぶれは、歴史ある醸造所から今どきのクラフトビアバーまでさまざまで、この街が積み重ねてきた歴史と醸造の伝統がそのまま表れています。何軒か回ってみると、地元の習慣に自然と入り込めますし、ここでしか出会えない味にも巡り会えます。パブは喉を潤す場所であると同時に、人が集まる社交の場でもあるのです。

12. 逆さ吊りの馬の彫刻
ダヴィド・チェルニーの《逆さ吊りの馬》は、反抗と社会風刺を込めた作品です。聖ヴァーツラフが、逆さに吊るされた死んだ馬にまたがっている——そんな姿をしています。チェルニーが発表して以来、プラハのアートシーンに欠かせない存在になりました。できあがった物語をうのみにせず、チェコの歴史と向き合ってみよう。そう語りかけてくる作品です。
作品があるのは、ルツェルナ・パサージュ(Vodičkova, 110 00 Nové Město)です。

13. トゥルデルニークは、もともとプラハのお菓子ではない
プラハの名物のように思われているトゥルデルニークですが、実はこの街が発祥ではありません。街角のいたるところで売られているにもかかわらず、このお菓子のルーツをたどるとトランシルヴァニア(現在のルーマニア)に行き着きます。伝統的なレシピは、17世紀ごろにハンガリー語を話す移民たちによってチェコの地へ持ち込まれました。
もともとは祝いの日にだけ焼くお菓子で、私たちチェコ人がこれを食べるのは、たいていクリスマスマーケットくらいです。伝統的な食べ方をしたいなら、アイスクリーム入りやヌテラ入りは頼まないこと。本来のトゥルデルニークには穴が2つあり、まぶしてあるのは砂糖とシナモンです。
アイスクリームがのるようになったのはごく最近のこと。ここ数年のマーケティングであり……もっと稼ぐための工夫でもあります。

36. ボティチ川では、年に一度だけ、一部が地下を流れる区間をカヤックで下れる
ボティチ川を下れるのは年に一度だけ。そのため、この川下りは漕ぎ手にとってはもちろん、見物する側にとっても見ごたえのある行事になっています。流れの出発点には、放水路から幅2メートルの土管が伸びています。「この土管を通る必要はありません。勇気のある漕ぎ手のためのものです。土管に飛び込んだ艇のうち、半分ほどはそこでひっくり返っています。コース全体に、いろいろな難しさの障害物がありました。たとえば低い歩道橋や橋、いくつもの堰やトンネルです」と、ヤン・シュプさんはボティチ下りの落とし穴を説明しています。

歴史と文化にまつわる事実
14. カレル橋の、神秘に満ちた起工
プラハの歴史でとりわけ面白いのが、1357年7月9日午前5時31分という、カレル橋の起工の日時です。カレル4世が選んだのは、1-3-5-7-9-7-5-3-1 という回文になる数の並び(年・日・月・時刻の順)。宇宙の調和をこの橋に宿らせようとしたのです。彼の統治に迷信と神秘主義が入り込んでいたことが、よくわかります。今日の橋は、聖人や宗教にまつわる像で飾られています。
もうひとつ。19世紀半ばまで、ヴルタヴァ川を渡る手段はカレル橋しかありませんでした。

15. クレメンティヌム——プラハでいちばん古い気象観測所
プラハのクレメンティヌムには、現存するものとしては世界最古の気象観測所があります。1752年にイエズス会士たちが設けて以来、何世紀にもわたって几帳面に気象データを取り続けてきました。今では最新の機器も並び、気温や湿度、風速、降水量を測って、世界の気象研究にデータを提供しています。木の板張りの壁に掛かった古い計器や昔の地図には、ひと昔前の空気がそのまま残っています。科学と歴史、その両方に捧げられた生きた博物館です。

16. プラハは「ヨーロッパのハリウッド」と呼ばれている
プラハは映画産業がさかんな街で、その象徴が名高いバランドフ撮影所です。1931年の創業以来、何ヘクタールにも広がる敷地では数多くの国際的な作品が撮影されてきました。『007 カジノ・ロワイヤル』(2006年)、『ミッション:インポッシブル』(1996年)、『アマデウス』(1984年)などです。

17. 「プラハの幼子イエス」は、数々の奇跡と巡礼で知られている
プラハの幼子イエスは、16世紀に蝋で作られた象徴的な宗教像です。高さは約45センチ。細やかな造作と穏やかな表情で知られ、マラー・ストラナの勝利の聖母教会に安置されています。祈りに応え、願いをかなえてくれる力強い執り成し手として敬われ、世界中のキリスト教徒にとって希望と一致のしるしとされています。この像の複製は、いくつもの大陸の教会に置かれています。

18. 百塔の街
「百塔の街」の異名のとおり、プラハには驚くほどたくさんの尖塔と塔が立っています。小さなものを除いても500から1000ほど。ゴシックの大聖堂やバロックの宮殿から、ルネサンスの市民住宅、アール・ヌーヴォーの傑作まで。写真好きにはたまらない街です。

19. ジョン・レノンの壁——共産主義時代の、平和と自由の象徴
レノンの壁は、平和と自由の象徴として、この街の歴史のなかで特別な位置を占めています。1980年以降、平和を訴え続けたジョン・レノンにちなむ色鮮やかなグラフィティと歌詞で埋め尽くされ、国際的に知られるようになりました。当局は何度も消そうとしましたが、そのたびに描き直され、この壁は激動の時代を生きたプラハの、抑圧に屈しない強さと自由への渇望を映す象徴になりました。

20. カルロヴォ広場は、中世ヨーロッパで最大の広場だった
もとは「家畜市場」と呼ばれていたカルロヴォ広場は、地元の人にも訪れる人にも中心となる場所でした。プラハの発展に尽くしたカレル4世にちなんで、のちに今の名前がつけられます。今日でもチェコ最大の広場であり、ヨーロッパでも屈指の大きさ。面積はおよそ8万550平方メートルにもなります。
現在、広場の大半は公園になっていて、7つの彫像とバロック様式の噴水があります。

21. プラハには、ヨーロッパで今も使われている最古のシナゴーグがある
旧新シナゴーグ(アルトノイシュル)は、ゴシック期の建築が残る名品です。二廊式の構成、見事な石積みと尖塔、ステンドグラス、木の長椅子、トーラーの巻物、そしてバラ窓。祈りに訪れる人は、静かな敬意と荘厳さに包まれます。ヨーロッパのユダヤ人が歩んだ激動の歴史の節目をここは見届けてきましたし、宗教が弾圧された時代には避難所にもなりました。

22. プラハには250以上の橋がある
プラハには橋、歩道橋、高架橋を合わせて250以上があり、そのうちヴルタヴァ川を渡るのは18本。内訳は道路橋が11本、鉄道橋が4本、歩行者専用が2本、そしてトラム専用が1本です。ヴルタヴァ川に架かる橋でいちばん短いのはチェフーフ橋の169メートル、いちばん長いのはネグレリ高架橋の1110メートルです。

23. 中央ヨーロッパ最大のナイトクラブがある
カルロヴィ・ラーズニェは、中央ヨーロッパでいちばん大きなナイトクラブです。場所はカレル橋を渡りきったすぐそば。入っている建物は14世紀までさかのぼります。フロアは5層あり、それぞれ流れる音楽のジャンルが違うので、どんな好みの人でも自分の居場所が見つかります。

24. ゴーレム伝説
ユダヤの伝説によれば、ラビ・レーヴはプラハのユダヤ人共同体を守るため、粘土からゴーレムを造りました。聖なるヘブライ文字を刻まれたこの存在は、途方もない力と忠誠心を備えていたといいます。人ならぬ守り手の噂は広まり、多くのユダヤ人住民の希望になりました。目的は気高いものでしたが、ゴーレムを御することはラビ・レーヴにとってさえ簡単ではありませんでした。この伝説は信仰の象徴であると同時に、苦境にあっても折れない強さの象徴でもあり、今なおプラハの文化的な輪郭をかたちづくっています。

25. チェコでいちばん長いパネル団地は、プラハのボフニツェにある
旅行者のなかには、美しい歴史的建造物だけでなく、共産主義時代の無骨な建築——古びた、正直あまり格好よくない集合住宅——を見に来る人もいます。チェコでいちばん長いパネル団地が立っているのは、プラハのボフニツェ、ゼレノホルスカー通りです。長さはなんと300メートル、入口は18か所。400戸に1000人以上が暮らしています。建物ひとつに、大きな村か小さな町がまるごと収まっている計算です。

26. プラハは、世界で13番目に緑の多い大都市
HUGSI指数によると、プラハの緑地は市の総面積のおよそ56%を占めます。内訳は樹木が28%、草地が27%、水面が1%。面白いのは、この指数が対象にしている市街地に、都市化の進んでいないプラハ郊外の一部が含まれていないことです。実際、首都全体の面積は496平方キロメートルですが、HUGSI指数が数えているのは408平方キロメートルだけなのです。

27. エステート劇場(スタヴォフスケー劇場)では、モーツァルトの歌劇《ドン・ジョヴァンニ》が初演された
モーツァルト自身が自作のオペラを初演し、しかも今も現役の劇場として使われている場所は、世界でここだけです。初演は1787年10月29日。指揮台に立ったのはモーツァルト本人でした。

28. プラハは、バンクーバーと同じ緯度にある
意外なことに、プラハはカナダ西海岸の活気ある街バンクーバーと同じ緯度にあります。どちらも北緯50度あたりに位置していますが、気候も文化も風景もまるで違います。中央ヨーロッパにあるプラハは、西岸海洋性から湿潤大陸性に近い気候で、夏は暑く冬は冷え込みます。一方のバンクーバーは太平洋の影響を受けた西岸海洋性気候で、冬は比較的おだやか、夏は涼しめです。

29. プラハの路面電車は、ヨーロッパでも指折りの古さ
プラハで路面電車が走り始めたのは1875年、最初の馬車鉄道の路線が開業したときです。1891年には、フランティシェク・クジークによる最初の電気式トラムが続きました。市が自前で軌道を運行し始めたのは1897年で、1907年までに既存の事業者からすべての路線を買い取っています。

30. プラハの地下鉄は、駅ごとにテーマの違う芸術的なデザインで知られている
プラハの地下鉄は、目を引くデザインの駅がそろっていることで知られています。降りるたびに、その駅そのものがひとつの作品のように感じられるのです。駅ごとに固有のテーマがあり、それがこの地下網全体の魅力になっています。チェコの歴史を描いた色鮮やかなモザイクから、地元の作家による現代的なインスタレーションまで。乗り継いで移動しているだけで、目を楽しませてくれる小さな旅になります。

31. カンパ島では、顔のない巨大な赤ちゃんに出会える
長さ350センチ、高さ260センチのこの彫刻は、ダヴィド・チェルニーがもともとシカゴの近代美術館での展示のために作ったものです。その後、世界各地の建物に姿を現しました。たとえば1999年には、ロンドンのチェコ・センターの後援で、チェコ大使館の建物に取り付けられています。
2001年からは、ラミネート製の赤ちゃんが合計10体、ジシュコフのテレビ塔に取り付けられています。
2008年からは、ブロンズ製の3体がカンパ美術館の隣の公園に常設されています。

32. 「ロボット」という言葉の「生みの親」は、プラハに住んでいた
世界中の言語にそのまま入り込んだ、いちばん有名なチェコ語が「ロボット(robot)」です。カレル・チャペックが、新しい戯曲に出てくる人造の働き手をどう呼ぼうかと相談したとき、この言葉を思いついたのは兄のヨゼフ・チャペックでした。戯曲『R.U.R.』で初めて使われた「ロボット」は、つまり兄ヨゼフの造語なのです。語源は「労働」を意味する robota。

プラハのもっと面白い豆知識
33. プラハには、中世の拷問器具博物館がある
プラハ中心部のツェレトナー通り、改修された地下室に、拷問の法と拷問器具を集めた、ちょっと類のない展示があります。400平方メートルの空間に、およそ100点の展示品と数十点の当時の版画が並びます。
当時のままの空間に置かれた蝋人形、そして音響。何より2つの特別な視聴覚演出(魔女の火刑と、剣による処刑)が、展示全体の神秘的な雰囲気を仕上げています。地下室をめぐる時間が、いっそう忘れがたいものになります。

34. 地元の人は脱出ゲームが大好き
プラハの脱出ゲーム(エスケープルーム)は、どっぷり浸れるスリリングな挑戦です。テーマは歴史ものから現代ものまでさまざま。凝った作り込み、小道具、装飾、効果音がそろっていて、独身最後のパーティーにも、友だち同士のプラハ旅行にもぴったりです。
なかでもおすすめは、この2つです。

35. プラハの土産物店には、チェコらしくない土産物も並んでいる
チェコ人として言わせてもらうと、ロシアの入れ子人形(マトリョーシカ)を売る土産物店には、どうしても身構えてしまいます。あれはチェコのものではありませんし、これまで一度もそうだったことはありません。私たちを占領していた国の象徴であり、いまウクライナを踏みにじっている国の象徴です。しかも問題はあの人形だけではなく、ソ連の記章がついた帽子まで売られていて、これはさすがにひどいと思います。
37. プラハは、世界で11番目に「健康的な街」に選ばれた
プラハ市民といえばビール好きで知られていますが、それでもこの街は、2021年のリーボックの調査で市民の体力・健康度について世界11位に入りました。
ここまで37の面白い事実を紹介してきましたが、これでもこの魔法のような街のほんの表面をなぞっただけです。旅行中はぜひ、定番のルートから少しだけ外れてみてください。厚みのある歴史も、生き生きとした文化も、いまこの街が持っている空気も、自分の目で確かめられます。歴史の陰謀めいた話から、勢いのある現代の顔まで——プラハには、誰にとっても何かしら見つかるものがあります。

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