プラハの橋 完全ガイド|カレル橋からトロヤ橋まで、ヴルタヴァ川に架かる22の橋を地元在住者が案内(2026年版)

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Discovering Pragueのアドリアナとマテイ

現地の専門家アドリアナ&マテイが執筆

アドリアナとマテイ・ハロウスコヴィは、人気ブログ Czech the World を運営するトラベルブロガーです。

マテイはプラハ生まれでずっとこの街に住んでおり、アドリアナは10年以上前にここに引っ越してきました。

60か国以上を旅してきましたが、いちばんよく知っている場所を挙げるなら、この街です。

世界に名高いカレル橋がまぎれもない主役ですが、ヴルタヴァ川には全部で22の橋が架かり、街を一本ずつ縫い合わせています。どの橋にもそれぞれの物語と様式、そして固有の魅力があります。

この記事では、その22本すべてを順に渡っていきます。誰もが知る名橋から、静かに役目を果たす実用的な橋まで。百塔の街を、これまでとちがう角度から眺めてみましょう。

Prague Guide by Locals

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プラハには橋がいくつある?

プラハは「百塔の街」として知られていますが、「百橋の街」と呼んでもおかしくありません。実際、市内には100をゆうに超える橋があります。

とはいえ「プラハの橋」と言うとき、たいていはヴルタヴァ川を渡る22本の橋を指しているはずです(歩行者専用の橋も含みます)。

プラハの橋・早見表

いちばん有名カレル橋
いちばん古いカレル橋
いちばん新しいトロヤ橋
いちばん長いラドチーン橋
いちばん交通量が多いバランドフ橋
いちばん個性的トロヤ橋

プラハの橋の地図

1)カレル橋(Karlův most)

カレル橋はまぎれもなくプラハの心臓であり魂です。600年以上にわたって街の大動脈であり続けてきた、中世の傑作。礎石は1357年、神聖ローマ皇帝カレル4世自身の手で据えられ、旧市街とマラー・ストラナ(小地区)を結びました。何世紀ものあいだ、この壮麗な石造アーチ橋はプラハでヴルタヴァ川を渡る唯一の手段であり、交易にも、王の行列にも、日々の暮らしにも欠かせない道でした。両端に立つ2つの塔は、強固な防御施設であると同時に、それぞれの街区への堂々たる門でもありました。

この橋を歩くことは、歴史と芸術のなかを旅することです。聖人の彫像30体が並び、ほかに類を見ない屋外のバロック美術館になっています。いま見られるのは精巧な複製で(オリジナルは博物館に保存されています)、それでも迫力はいささかも損なわれていません。聖ヤン・ネポムツキー像の台座にあるレリーフをお見逃しなく。触れると幸運が訪れ、またプラハに戻ってこられると言われています。本当に魔法のような時間を味わうなら、夜明けに行ってみてください。川から朝もやが立ちのぼり、橋をほとんど独り占めできます。

カレル橋(Karlův most)

2)マーネス橋(Mánesův most)

カレル橋のすぐ下流にあるマーネス橋は、様式の対比が面白い一本です。アール・ヌーヴォーから、興りつつあったチェコ・キュビスムへの移り変わりがそのまま形になっています。1914年に開通し、19世紀チェコの著名な画家ヨゼフ・マーネスにちなんで名づけられました。以前あった鉄の歩道橋に代わるもので、路面電車を含む近代的な交通に対応できるよう設計され、その電車はいまも橋を渡っています。橋脚には、ヴルタヴァ川の泳ぎ手たちの姿から着想を得た浮き彫りが施されています。

写真を撮る人にとって、この橋は最良の味方です。カレル橋をとらえる最高の構図が、しかも比較的すいた状態で手に入り、背景にはプラハ城が収まります。実用的でありながら芸術的なこの意匠には、新しい時代の入口に立つ街の空気が映っています。建築や美術史に関心があるなら見逃せません。個性的な様式と抜群の眺め、その両方があるからこそ、ヴルタヴァ川沿いの散歩に組み込む価値があります。

マーネス橋(Mánesův most)

3)レギー橋(Most Legií)

レギー橋は花崗岩を積み上げた優美な橋で、20世紀初頭の風格をまとっています。ネオ・バロックとアール・ヌーヴォーの装飾が組み合わされているのが特徴です。1901年に完成し、右岸の国民劇場と左岸のマラー・ストラナを結びます。名前は、第一次世界大戦で連合国側について戦い、チェコスロバキア独立に決定的な役割を果たした義勇軍「チェコスロバキア軍団」にちなんでいます。

この橋はただの渡り道ではなく、街なかのオアシスへの入口でもあります。橋の中央から立派な階段とエレベーターで下りると、緑ゆたかなストシェレツキー島(射手の島)に出られます。のんびり歩くにも、ピクニックにも、川の流れをただ眺めるにもうってつけの場所です。時間をとって島へ下りれば、橋の構造を下から見上げる楽しみもあり、街のせわしなさからひと息つけます。

レギー橋(Most Legií)

4)チェフ橋(Čechův most)

アール・ヌーヴォーの傑作と呼ぶにふさわしいチェフ橋は、プラハの主要な橋のなかでいちばん短い一方で、装飾はおそらくいちばん華やかです。1905年から1908年にかけて建設され、プラハで唯一、全体が鉄でつくられたアーチ橋です。柱の上には翼をもつ精霊のブロンズ像が4体そびえ、目を楽しませてくれます。街灯から欄干にいたるまで、細部のすべてがアール・ヌーヴォーの流れるような曲線でできています。

作家スヴァトプルク・チェフにちなんで名づけられたこの橋は、中心部とレトナーの丘のふもとを結びます。装飾をいちばんよく眺めるなら、どちらかの岸沿いを歩いてみてください。彫刻の細工と、芸術家や建築好きに愛される優美なアーチを、じっくり味わえます。ベル・エポックのプラハがもっていた芸術的な自信を、いまに伝える誇らしい記念碑です。

チェフ橋(Čechův most)

5)パラツキー橋(Palackého most)

プラハで3番目に古い石橋として、パラツキー橋は重要な史跡です。完成は1878年。青、赤、白という色のちがう花崗岩を組み合わせて築かれ、独特で、さりげなく愛国的な佇まいになっています。急速に広がりつつあった工業地区スミーホフのために架けられた最初の石橋で、新市街と結ぶことで街の新しい成長の時代を告げました。

橋にはもともと、ヨゼフ・ヴァーツラフ・ミスルベックによる大きな彫刻群が4組据えられ、チェコの伝説の人物たちを表していました。しかし1945年、流れ弾となった爆弾で大きく損傷し、のちにヴィシェフラト城の敷地へ移されて、いまはそこで見ることができます。装飾を失った橋はいまも重要な交通の大動脈であり、19世紀の堅実な土木技術を伝えています。

パラツキー橋(Palackého most)
ŠJů (cs:ŠJů), CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

6)イラーセク橋(Jiráskův most)

イラーセク橋は1933年に完成した実用的な鉄筋コンクリートの橋で、チェコを代表する作家アロイス・イラーセクにちなんで名づけられました。意匠は比較的ひかえめで、両大戦間期の建築らしい落ち着きをたたえています。ダンシング・ハウスにほど近いレスロヴァ通りあたりと、対岸のスミーホフ側を結んでいます。

橋そのものは建築的にはあっさりしていますが、いちばんの見どころはプラハを代表する現代建築、ダンシング・ハウス(Tančící dům)を望む眺めです。新市街側のたもとに立てば、この脱構築主義の名建築を撮る絶好の位置になります。1930年代の機能主義が、1990年代のポストモダンのための舞台をつくっている——そんな場所です。

イラーセク橋(Jiráskův most)

7)ヴィシェフラト鉄道橋(Vyšehradský železniční most)

プラハの産業遺産を象徴する力強い一本が、このヴィシェフラト鉄道橋です。リベット留めの鋼トラス橋で、空を背に鋭いシルエットを描きます。1872年に架けられ、1901年に現在の姿へ改築されました。鉄道専用で、プラハの主要路線とスミーホフ駅を結んでいます。歴史あるヴィシェフラトの岩山のふもとという立地が、いにしえの権威と産業の力との劇的な対比を生んでいます。

車は通れませんが、両側に歩道があり、ここでしかできない体験ができます。すぐ横をごうごうと列車が通り抜けるなかを歩く、無骨で雰囲気のある道のりです。この角度から見るヴィシェフラト城の眺めは格別。近年この橋は議論の的にもなっていて、架け替えるべきか、産業遺産としての姿を残すべきか、熱い論争が続いています。

ヴィシェフラト鉄道橋(Vyšehradský železniční most)

8)バランドフ橋(Barrandovský most)

バランドフ橋は1980年代に築かれた巨大なコンクリートの橋で、プラハでもっとも規模の大きい橋です。市内の環状道路の要であり、チェコ全土でもっとも交通量の多い道路でもあります。膨大な交通をさばけるように設計されました。その建設には、社会主義時代末期の野心的で大規模な都市計画がそのまま表れています。

実用一辺倒に見えて、ブルータリズムらしい面白い造形もあります。南のたもとには、ヨゼフ・クリメシュによる巨大でシュールなコンクリート彫刻が立っています。この抽象的なかたちは、地元で「征服者ワーム」だとか「カバの風呂」などと呼ばれていて、コンクリートの記念碑に風変わりな個性を添えています。

バランドフ橋(Barrandovský most)
Petr Jedelský, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

9)トロヤ橋(Trojský most)

プラハでもっとも新しく、建築的にもっとも野心的なのがトロヤ橋です。2014年に開通し、国際的にも高く評価されました。この洗練された現代の傑作を特徴づけるのは、驚くほど細く低いネットワークアーチ。数々の賞を受けた技術的偉業です。機能だけでなく美しさのために設計され、21世紀のプラハの新しい象徴となることが意図されていました。

トロヤ橋は、ホレショヴィツェ地区とトロヤを結ぶ大切な通り道で、路面電車も車も自転車も歩行者も渡れます。この橋のおかげで、プラハ動物園やトロヤ城といった人気スポットへ行くのがずっと楽に、そして気持ちよくなりました。歩いても電車で渡っても、すべるような感覚。優美な意匠が、広がりと光の心地よさを与えてくれます。

トロヤ橋(Trojský most)

10)フラーヴカ橋(Hlávkův most)

フラーヴカ橋は、プラハで初めて鉄筋コンクリートでつくられた橋です。1908年から1912年にかけて段階的に建設されました。シュトヴァニツェ島の北端をまたいでヴルタヴァ川を渡り、チェコでもっとも幅の広い橋でもあります。名前は、建設に貢献したチェコの大建築家であり慈善家でもあったヨゼフ・フラーヴカにちなみます。

この橋で目を引くのが見事な彫刻装飾、とりわけヤン・シュトゥルサとオットー・グトフロイントによるレリーフのメダイヨンです。ホレショヴィツェ側のたもとには「労働」と「人間性」を表す記念碑的な2体の像が立ち、人の営みを力強く寓意しています。こうした芸術の手が入ることで、単なる実用の構造物がひとつの公共アートになっています。

フラーヴカ橋(Hlávkův most)
Honza Groh (Jagro), CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

11)シュテファーニク橋(Štefánikův most)

かつてここには皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の名を冠した吊り橋がありました。それに代わる現在のシュテファーニク橋は鉄筋コンクリート造で、1951年に開通しています。旧市街のはずれにあるレヴォルチニー通りとレトナー・トンネルを結ぶ交通の要で、プラハ北部の各地区へ車を流しています。意匠は率直で飾り気がなく、戦後の建築らしい佇まいです。

名前の由来は、チェコスロバキア建国の立役者のひとりで、スロバキアの政治家・外交官・天文学者だったミラン・ラスチスラウ・シュテファーニクです。産業貿易省のそばという要所にあり、主要な交通の大動脈でもあるため、いつもにぎやかです。飾りこそ多くありませんが、街の基盤として欠かせない一本です。

シュテファーニク橋(Štefánikův most)
ŠJů, Wikimedia Commons, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

12)リベニ橋(Libeňský most)

取りつけ道路を含めた全長は780メートル。リベニ橋はプラハでいちばん長い橋です。1928年に開通し、キュビスム様式で建てられた稀少な橋として知られています。設計は建築家パヴェル・ヤナーク。ホレショヴィツェ地区と、かつての工業地帯でいま急速に生まれ変わりつつあるリベニを結んでいます。

この橋は何十年も深刻な老朽化が続いていて、取り壊すべきか、それとも手間と費用のかかる改修に投じてこの独特な建築遺産を守るべきかで、市民のあいだでも政治の場でも長く議論が続いてきました。その論争ゆえに、いまのプラハにおける都市開発と歴史保存のせめぎ合いを象徴する存在になっています。

リベニ橋(Libeňský most)
Juandev, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

13)ネグレリ高架橋(Negrelliho viadukt)

ネグレリ高架橋は鉄道史に残る記念碑的な建造物で、長らくヨーロッパ最長のこの種の橋でした。1850年にオーストリアの技師アロイス・ネグレリの手で完成した石造アーチの高架橋で、全長は1キロを超え、マサリク駅と北のブブニ地区を結びます。ウィーンとドレスデンを結ぶ国有鉄道の重要な区間でした。

2020年に大規模な改修が終わり、高架橋はいまや鉄道の大動脈であるだけでなく、新しい文化の拠点にもなりつつあります。長らく倉庫や小さな商売に使われてきたアーチの下の空間が、少しずつしゃれたカフェや店、ギャラリーへと姿を変え、19世紀の堂々たる建造物に新しい息を吹き込み、街の日常のなかに溶け込ませています。

ネグレリ高架橋(Negrelliho viadukt)

14)ブラニーク橋(Branický most)

ほとんどの人が正式名ではなく「インテリの橋」という通称で呼ぶ、1950年代に建設された複線の鉄道橋です。市の南部にあり、混み合う中心部の旅客駅を迂回して、スミーホフとヴルショヴィツェの鉄道網を主に貨物のために結ぶ目的で設計されました。

この胸に刺さる通称は、チェコ史の暗い一章に由来します。1950年代の共産主義体制下では、政治的に信用できないとみなされた知識人、弁護士、その他の専門職が何千人も職を奪われ、肉体労働に従事させられました。その多くが送り込まれたのが、まさにこの橋の建設現場でした。その歴史は、いまも橋の名前そのものに刻まれています。

ブラニーク橋(Branický most)
ŠJů (cs:ŠJů), CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

15)ラドチーン橋(Radotínský most)

ラドチーン橋は現代土木の巨獣で、全長2キロを超える、チェコで公式にもっとも長い橋梁構造物です。2010年に開通し、通過交通を中心部から逃がすためのプラハ環状道路の南側の要となっています。厳密には連続した複数の橋の集合体で、ヴルタヴァ川とベロウンカ川、ふたつの谷を堂々とまたいでいます。

幹線道路なので散歩に向く橋ではありませんが、車で渡れば周囲の風景と二つの川の合流点を一望できます。ヨーロッパの大きな首都を動かし続けるために必要な、現代の大規模インフラそのもの。カレル橋がもつ人の歩幅の魅力とは、まったく別の世界です。

ラドチーン橋(Radotínský most)
ŠJů, Wikimedia Commons, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

16)平和レース橋(Most Závodu míru)

市の南のはずれ、ズブラスラフ地区にあるこの橋は、北へ流れるヴルタヴァ川がプラハ市域に入って最初に渡られる橋です。1964年に開通し、第二次世界大戦末期に破壊された旧橋の後継として架けられました。名前の「Most Závodu míru」は「平和レース橋」の意味で、東側諸国で人気を集め、しばしばこのあたりを通過した国際自転車ステージレースにちなんでいます。

この橋の役割はおもに地元にあり、ズブラスラフとその周辺に暮らす人たちの大切な足になっています。美しいズブラスラフ城へ、そしてプラハから南へ抜ける幹線道路へとつながる道でもあります。この趣ある郊外の地区を訪ねる人にとっては、街への気持ちのいい入口になってくれます。

平和レース橋(Most Závodu míru)
Aktron – CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

17)ホレショヴィツェ鉄道橋(Holešovický železniční most)

プラハの橋のなかでも知名度が低く、用途のはっきりした一本です。1976年に建設された単線の鉄道橋で、ホレショヴィツェとリベニの路線をつなぐという物流上の重要な役目を担っています。いちばんの特徴はその向きで、プラハでただひとつ、ヴルタヴァ川を大きく斜めに横切っている橋です。これは支えるべき線路の配置から必然的に決まった形でした。

観光名所ではありませんが、この鉄道橋は大都市を支えるインフラの複雑な網の目を物語っています。純粋に機能のための構造物で、ホレショヴィツェやリベニの一部から姿が見え、プラハの広大な鉄道網が滞りなく回るうえで静かに、しかし欠かせない働きをしています。

ホレショヴィツェ鉄道橋(Holešovický železniční most)
Aktron – CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

18)バリケード戦士の橋(Most Barikádníků)

1970年代後半に架けられた幅の広い実用的なコンクリート橋で、プラハ北部の交通の大動脈です。ホレショヴィツェ地区とトロヤ地区を結び、市内環状道路(Městský okruh)の欠かせない一区間になっています。主な役目は大量の車と市バス、路面電車をさばき、中心部への出入りを効率よく流すこと。橋の名前は重い記憶をとどめる碑でもあります。1945年5月、ナチス占領に抗した英雄的なプラハ蜂起のさなか、先代の橋にバリケードを築いた市民たちを称えているのです。

街にとって欠かせないインフラである一方、この橋自体が観光の目的地になることはありません。両側に歩道はありますが、絶え間ない車の音と速度のせいで、のんびり歩くには向きません。旅行者にとっての意味はもっぱら実用的なもので、中心部からトロヤ地区の人気スポットや、ボフニツェ、コビリシ方面へ路面電車やバスで向かうときに渡ることになる橋です。

バリケード戦士の橋(Most Barikádníků)
Adam Zivner, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

19)ホルカ歩道橋(Lávka HolKa)

ホルカ歩道橋は、歩行者と自転車だけのために設計された細身の現代的な橋で、ホレショヴィツェ地区と皇帝の島(Císařský ostrov)の北端をなめらかにつないでいます。2023年に開通し、名前は結ぶふたつの地区の頭文字から。HOLešovice と KArlín で「HolKa」です。この一帯の再開発における役割がそのまま名前になっています。プラハの川沿いのレクリエーション路の広い網の目のなかでも重要なつなぎ目で、人気の自転車ルートA1とA2を結んでいます。

歴史的な名所ではありませんが、現代のレクリエーション用インフラとして高く評価されている一本です。街の騒音と排気から離れて、皇帝の島の緑地へ静かに、景色を楽しみながら渡れます。川沿いを長めに走ったり歩いたり自転車で流したりしたい人にとっては絶好のつなぎ目で、すぐ近くのトロヤ橋と組み合わせれば、変化に富んだ気持ちのいい周回コースになります。

ホルカ歩道橋(Lávka HolKa)
Petr Vodička, Wikipedia, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

20)トロヤ歩道橋(Trojská lávka)

2020年に開通したトロヤ歩道橋は、できたばかりの歩行者・自転車専用橋で、レジャーの拠点トロヤと皇帝の島(Císařský ostrov)を結ぶ、景色のいい大切な通り道です。この橋はとりわけ頑丈につくられました。2017年に先代の橋が崩落した、あの出来事を受けての設計です。現代的な意匠は実用的でありながら優美で、この一帯を訪れる何千もの人にとって安全で頼りになる渡り道になっています。

旅行者にとっては、この歩道橋はとても便利で、プラハでも人気の高い一帯を歩く楽しみをぐっと引き上げてくれます。島からプラハ動物園、植物園、トロヤ城へ向かう人にとっての、美しい最後のアプローチです。渡っているあいだは静かで、川と周囲の緑の眺めも気持ちいい。家族で過ごす一日に自然に組み込まれる存在であり、人にやさしい現代のインフラにプラハが投じてきたものの証でもあります。

トロヤ歩道橋(Trojská lávka)
Aktron – CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

21)ドヴォレツキー橋(Dvorecký most)

ドヴォレツキー橋は、ヴルタヴァ川に架かるプラハの橋の一族にいちばん新しく加わる存在で、いまも建設中です。期待の集まるこの橋は、右岸のポドリー地区と左岸のズリーホフ地区を結びます。設計を手がけるのは、あの見事なトロヤ橋をつくった建築家たち。同じように創意にあふれた現代的な佇まいになります。

完成後のドヴォレツキー橋は、公共交通(路面電車とバス)、自転車、歩行者のための橋になります。一般の車は通しません。持続可能な移動を優先する、いまの都市計画の考え方がそのまま形になっています。この橋によって川沿いの両地区の行き来は大きく改善され、街の南側に新しい優美な目印が生まれることになります。

ドヴォレツキー橋(Dvorecký most)
Aktron – CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

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